【代表 田中未知子より、フェスティバルSETOラ・ピストのお勧め!】

「ESPRIT 憑リクルモノ」 GdRA(ジェデラ)× 勘緑

2016.12.17(土) 18:00〜・18(日) 14:00〜
サンポートホール高松 第2小ホール

勘緑・木偶舎 Web  http://www.mokugusha.com 
GdRA Web  http://legdra.fr

【勘緑さんとのコラボレーション】
今回のフェスティバルSETOラ・ピストでは、もと国立文楽劇場技芸員で日本を代表する(というか、技と経験と熱い心をもつ、こんな人形遣いは他にいません!)浄瑠璃人形遣い、勘緑さんとフランスのカンパニーGdRA(ジェデラ)の共同制作が大きな取り組みです。
瀬戸内の芸能の源流をさぐりたいという瀬戸内サーカスファクトリー代表・田中の長年の思いを勘緑さんと実現する、2年越しの企画になります。
実は、瀬戸内サーカスファクトリーと勘緑さんとのコラボはこれまで何年にもわたって続けられてきたのです。
2013年の街なかサーカスでは、パントマイムでくるくるシルクDXさんと、池田大田楽サーカスではクロワッサンサーカスさんと、四国村ではカミーユ・ボワテルと…
こうしたコラボって、1回で素晴らしい作品に到達するものではないと思うのです。
なにせ、文楽人形とサーカスです!
超異業種です!(笑)
 
ですが、根底ではつながっている、という思いから、いつかこれをつなげてみせるという気持ちもありますし、なにしろ面白い。
時間をかけて、…今年は、サーカス×音楽×文化人類学という極めて珍しいタイプの作品づくりをしているフランスのカンパニー、ジェデラ(GdRA)とのコラボレーション。
現地調査から、実際の舞台に乗るまでのドキドキする展開を、今年は12月7~14日、琴平町公会堂ほかで創作し、12月17、18日、サンポート高松で発表します!
生まれてくるもの、息をつめて見ていただきたいです。

クリストフ・リュール (GdRA)

彼はGdRAの作品構想と演出を行い、作品のための調査やインタビューを行う。舞台上では音楽と語りを担当。1975年、農家に生まれ、小さな頃から音楽奏でたり歌をうたったりしていた。1990年代、彼は通信、社会学、人類学をパリの社会科学高等研究院で学び、トゥールーズのCAS-LISST研究所の博士研究員である。フランスや外国のコンサートや舞台、ダンス、テレビなどでコンソートを演奏する。2000年代になり、音楽、書き物、舞台美術、動き、イメージ、音、演出、人間科学など、さまざまな分野が出会う創作体験を重ねていく。2005年、ジュリアン・カシエとGdRAを共同で立ち上げる。
2007年から初の作品Singularités Ordinaires の中で、彼は芸術と人間科学を身体と語りの舞台の中でどう表現できるか問うようになる。クリストフ・リュールは人々の言葉やテーマに沿ったアンケートをもとに作品をつくっていく。つまり、人のもろさや可能性、燃えるように輝く当たり前の世界、日常の発明、語りのアイデンティティ、特異性、実践のエコロジー、環境問題、下位とみなされる、あるいは聞き取りにくいと思われる言葉、はかなさを集めること…。人間性の舞台、それはひとりひとりに向けている。学問的でありながら自由で、「今」の真っ只中にいる。

ジュリアン・カシエ(GdRA)

彼はGdRAのチームひとりひとりの意見を集めながら、それに調和した身体表現と舞台美術の創作を行う。映像撮影と、舞台で流す映像の音の収録も担当。演出と構想づくりにも深く関わる。舞台上では、語り、アクロバットや飛び技、ダンスも行う。1978年生まれ、サーカスを学び、国立サーカス学校CNACに入学。2001年にアクロバットの専門として卒業。そしてサーカス、ダンス、音楽、演劇/語りが混じった表現グループに加わる。ラ・トリビュ・イオタ、 アノマリー、バロデヴェル、ラ・クリック、カンパニー111(「おおよそ、無限」という作品に参加)など。
2005年にクリストフ・リュールとGdRAを立ち上げ、作品を創作し発表していく。そこではおもにダンス、動き、映像、音、芝居を担当。彼は舞台上でサーカス器具兼美術を開発した。彼は舞台で、身体よりアクションが先んじるに任せるような、ある種の透明さを体の動きの中に追求した。つまり音や言葉により、重きが置かれるような、しぐさの瞬間性について語る。もちろん、身体性は豊富にありながら。舞台では床でダンスをしたり、暗に語られることを表す道具として、トランポリンをよく用いる。

勘 緑(木偶舎)

徳島県池田町生まれ。元(財)文楽協会技芸員、人形座「木偶舎」主宰、「阿波人形浄瑠璃とくしま座」芸術監督、「筑前艶恋座」代表。
高校のころから人形を遣い、早稲田大学で演劇を学び、1977年文楽の世界に飛び込む。 1979年二世桐竹勘十郎(人間国宝・故人)に入門し、1987年から三世吉田簑助(人間国宝)に師事、2012年 1月より33年間在籍した文楽座を辞しフリーの人形遣いとして数々の作品を発表。人形浄瑠璃の普及・発展と文楽人形の新しい可能性を追求した作品が話題を呼ぶ。全国各地の人形芝居の指導・演出や、徳島県の農村舞台復活にも積極的に取り組み、三人遣い人形の基本操作を習得するための教室「勘緑塾」を、徳島市、福岡市、大阪市で開塾。主宰する人形チーム「木偶舎」では、各地で自然との融合や他ジャンルの音楽・演劇との接点を求めた文楽人形の可能性を追求し、劇場の枠を越えた独自の野外劇場を企画・演出している。